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  1. 東京通信工業株式会社設立趣意書 – 井深 大
     戦時中、私が在任していた日本測定器株式会社において、私と共に新兵器の試作、製作に文字通り寝食を忘れて努力した技術者数名を中心に、真面目な実践力に富んでいる約20名の人たちが、終戦により日本測定器が解散すると同時に集まって、東京通信研究所という名称で、通信機器の研究・製作を開始した。
    これは、技術者たちが技術することに深い喜びを感じ、その社会的使命を自覚して思いきり働ける安定した職場をこしらえるのが第一の目的であった。戦時中、すべての悪条件のもとに、これらの人たちが孜々(しし)として使命達成に努め、大いなる意義と興味を有する技術的主題に対して、驚くべき情熱と能力を発揮することを実地に経験し、また何がこれらの真剣なる気持を鈍らすものであるかということをつまびらかに知ることができた。
    それで、これらの人たちが真に人格的に結合し、堅き協同精神をもって、思う存分、技術・能力を発揮できるような状態に置くことができたら、たとえその人員はわずかで、その施設は乏しくとも、その運営はいかに楽しきものであり、その成果はいかに大であるかを考え、この理想を実現できる構想を種々心の中に描いてきた。
    ところが、はからざる終戦は、この夢の実現を促進してくれた。誰誘うともなく志を同じくする者が自然に集まり、新しき日本の発足と軌を同じくしてわれわれは発足した。発足に対する心構えを、今さら喋々(ちょうちょう)する必要もなく、長い間皆の間に自然に培われていた共通の意志に基づいて全く自然に滑り出したのである。
    最初は、日本測定器から譲渡してもらったわずかな試験器と、材料部品と、小遣い程度のわずかな資金をもって、できるだけ小さな形態で何とか切り抜けていく計画を立てた。
    各人は、その規模がいかに小さくとも、その人的結合の緊密さと確固たる技術をもって行えば、いかなる荒波をも押し切れる自信と大きな希望を持って出発した。斯様(かよう)な小さな規模で出発した所以(ゆえん)は、この国家的大転換期における社会情勢の見透しができず、また、われわれの仕事が社会に理解され利用価値を見出されるまでには、相当の期間を要すると考えたからである。しかるに、実際に動き出してみると、われわれの持つような技術精神や経営方針が、いかに現下の日本にとって緊急欠くべからざる存在であったかを、各方面からの需要の声を通じて、はっきり自覚せしめられたのであった。
    それはまず、逓信院、運輸省等の通信に関係ある官庁の活溌な動きに見出された。すなわち、全波受信機の一般への許可、民間放送局の自由化、テレヴィジョン(テレビジョン)試験放送、あるいは戦災通信網の急速なる復興意図とその綿密膨大なる諸計画の発表等、他の低迷困惑せる諸官庁の中にあって、一人水際立った指導性を示し、一般業者側が逆に牽引されたかの感を呈したのであった。
    斯(かか)る動きは、特に過去において逓信院と関係の深かったわれわれに対し、直接の影響を及ぼし、早くも真空管電圧計等の多量註文を見る結果となった。
     その他、短時日の間に、この方面より提案された新製品の研究、試作依頼の種目は相当量にのぼる状態である。また、間接的面から言えば、全波受信機の一般許可による影響は終戦後の「ラヂオ(ラジオ)プログラム」に対する新しい興味と共に、ラヂオセットそのものに対する一般の関心を急激に喚起し、戦災によるラヂオセット、電気蓄音機類の大量焼損も相まって、わが社のラヂオサービス部に対する需要を日を追って増加せしめたのである。その他、諸大学、研究所の学究、同じ志を有する良心的企業家等と、特に深い相互扶助的連係を持つわれわれは、この方面よりの優秀部品類に対する多種多彩な要求に当面しつつあるのである。
     以上のごとき各方面よりの需要の増大は、われわれに新しい決意を促したのである。すなわち資本と設備を拡充することの必要と意義を痛感したのである。
     われわれの心からなる試みが、かくも社会の広範な層に反響を呼び起し、発足より旬日(じゅんじつ)を経ずして新会社設立の気運に向ったことに対し、われわれは言い知れぬ感動を覚える。それは単にわが社の前に赫々(かっかく)たる発展飛躍を約束するばかりでなく、われわれの真摯なる理想が、再建日本の企業のあり方と、図らずも一致したことに対する大なる喜びからである。

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